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サンザシのお茶

昨日、やっとカットに美容室へ行くことができました。
写真は、マニキュアをしていただいている間にいただいたサンザシのお茶です。
買いたいなあ、と思っているものの、ちょっぴり高価で、これを買うならチェリー・カフェ用のもっと飲みやすいものを用意したほうがいいかなあ、とそういうところは倹約家の私・・・。

美容室であろうと、お食事をしに行った先で在ろうと、自分がないかに迷っていたり、悩んでいたりするときに、私は人の力を借りようとするようです。借りて乗り越えられる、とかではなくて、ヒントをいただくというか・・・。
人間が生きていく、ってどういうことか、誰にでも聞いて、何か自分が進んで行くヒントにならないかなあ、と思ったりします。

こんなときに、私に、食事に来られたり、カットに来られたりされた方、あるいは、業者さんが入られたときには、まあ、しようがなかったことにしていただくことにするしかないわけですが、まあ、ちょっと話を聴いてもらいます。
そんな中から、いろんな考え方を知ってみたりします。
ただでさえ、狭い世間を生きてきているものだから、私など一人で思い付くことなどたかが知れているわけで・・・。
だから、昨日お世話になった美容師さんともあれこれ話していました。
そんな中で、私の中に、はっとひらめくものがあり、あっそうかもしれないなあ、と思わされるところがありました。
理解できれば、咎めたり、腹を立てたりしなくて済むし、何より対処ができます。

最近、気付いたことがあります。
優しくて、なんでもしてあげて、手取り足取り、というのも優しさの一形態かもしれない。優しくした方は、力もついていいのかもしれない。でも、一見優しくされたほうは力が付かないで、そのままになってしまうのかもしれません。
かつての大先輩で、生活指導をされていた尊敬するM先輩は、よく卒業生から、「○○先生は優しいから・・・。」と表現されていらっしゃるのをお聞きしていました。厳しい、誠実な先生でした。国語の先生としてもすごく博識で、それはそれは優秀な方でした。その先生を生徒たちは、「優しいから。」と表現していました。なんでも、優しいから厳しくもなれる、ということだそうで・・・。
目を掛けてもらって、育てていただいていたなあ、と思います。
私は、人からついつい頼りにされることが多くあるし、それなりに、何かを実現するときには役立たなくもなかったかもしれません。
ただ、私がいるから大丈夫、となったのでは、私以外の人は成長しなかったり、あるいは、逃げてきた分の力のなさに悩むかもしれません。これは対外的、というより、身内での話ですが・・・。
やはり甘やかしてはいけないなあ、と思います。
勉強を強要するのもどうかと思いますが、甘やかすのはもっといけない。
自分の人生は自分で責任を取らなければなりません。
将来就きたい仕事があって、その仕事に就くために勉強が必要であれば、勉強しなければなりません。
甲子園に行きたければトレーニングに励まなければならないし、音楽コンクールに出場したければ練習しなければならないのと同じです。
一生懸命努力した人が勝ち取ったものを羨ましがったって、それは、その相手が悪いのではなくて、努力してこなかった自分が悪いのです。

ということで、私は新しい勉強を始めています。
それは、元から始めていた勉強に直結するので、毎日コツコツ勉強しています。
その分野の人が、学部から始めた勉強であっても、専攻で選んだ分野で、自分の専門とは違っても、まだまだ私には時間がありますから。
今、やりたいことは、誰かに任せず、まだまだ時間がある間は努力したいと思います。
自分を甘やかしている暇はないので・・・。
いえいえ、たまには休養も必要ですが・・・。
私は、強い使命感を必要とする仕事が好きです。
そして、できることなら、少々自分の生活が、乱されることがあるかもしれないほど、誰かに役立つ仕事がしたいと思っています。
これは、若い頃と何ら変わらぬ思いです。

公開:2019/07/11 最終更新:2019/07/11
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