ちょっと母校を再評価!?ー数学の教養講座でのお話からー高岡の個別指導塾チェリー・ブロッサム
数年前、ちょっと教養的に数学の勉強をする必要があった頃、勤めていたところで、その後の指導のために数学の講座が開かれているということを知り、何にもわからずに、なぜかイケるという根拠なき自信をもって、参加させていただいた。
もう一回目は終わっていた。
突然、国語専門の教師が、数Ⅲの講座に出席。しかも、一番前列にいるのだから、もう空気を読めないのもいい加減にしろ!という話。後で、ああ、あれは嫌味だったのかなあ?というような会話もあったりした。(笑)
まず、第一回目に出席していなかったので、数学の先生からチクリ。
数学というのは流れが大事なので、第一回目のビデオはご覧になりましたか?
いいえ。
若干の加法定理などを使いますが、大丈夫ですか?
たぶん・・・。
ところが、やっぱりなんとなくの予想通り、そのお話が面白くて、のめり込んでしまった。
数学は好きである。
そして、今、新高三生と共に、三角関数の復習などをしている。
こういうとき、高校で、結構数学科では有名人になってしまっていた時期があったことを思い出す。
部活が大変で、正直、それどころではなかった。
もうほぼほぼ責任論の世界だった。
でも、目の前にあることを放っておいて、その先のことを考えるタイプではないので、まあ、高二の三学期までは、とりあえず責任を取ることにした。
その後は、勉強だけにすることにしていた。
時間がない中でやりくりするということ。
完璧主義では何もできないということが分かりかけた時代だった。
それまでは丁寧に手を抜かず気を抜かず取り組むタイプだった。
劣等生の気分も味合わせてもらった一時期だった。それって、高校以外のどこに行っても味わうことのできない気分だった。
おそらくみんなそういう一面をもっていたのではないだろうか?
少々何かができたとしても、もっとできる人がいたから。
その後、大学に入ってからも、勉強、部活、バイトと、これ以上できないくらいに、時間を有効活用していた。
だから、超絶忙しい学園に赴任しても、まあ、何とか辻褄を合わせて仕事ができた。
青春時代の何もかもがある学校で、鍛えていただいたなあ・・・、と感謝してみたりもしている。(笑)
数学は、同じ-1があっても、どういう意味が分からないと全然わからなくなってしまう。
だから、その意味を伝えるのが私たち講師の務めでもある。
一人で学習していては、いつまで経ってもわからないということもあり得るから。
新高一生たちが、先取りの学習をしている。
とにかく数学だけは、ずっと追いついていけるようにと、この春頑張っている。