卒業生の成長ーまるでさなぎが蝶になったようなMちゃんの活躍!
先日、Mちゃんからラインで、ちょっとだけ顔を出したいんですけど・・・、と遠慮がちに連絡がありました。
そうそう、時は春期講習真っただ中。
日時の調整をして、3日後には会っていました。
直前に、母もいいですか?母は先生が大好きなので・・・。
だなんて、美人のお母さまに会えるのか?とウキウキしていました。
綺麗になったMちゃんと、もともと超美人のお母さまが現れました。
私の大好きなルピシアの「THE BOOK OF TEA」を持って来てくださって、いったい何なの?この符合?
とびっくりしてしまいました。
ほしくてほしくてたまらなかったお茶のセットなのです。
買うにはちょっと贅沢かしらん?と話していたのです。
こういうところ、何気に私は変に乙女です。笑笑笑
だって、花柄など可愛い絵の着いたティー・バッグの詰め合わせ。もうもう女の子な感じが満載!
いえ、そうではなくて、お母さまが、手に取るなり、
「Mちゃん、これ、絶対先生好きやよね!」と言ってくださったとかで、私は私をわかってくださっている、というところが嬉しいのです。
教室に来るのに絶対に手土産がいるというわけではありません。
何よりうれしいのは元気なお顔です。
近況報告してくれているMちゃんの横で、お母さまが補足の説明をしてくださいます。
聴いてみれば、結構大学の成績もよく、いえ、とんでもなく良くて、その大学と出会ったいきさつなどを考えると、神様でもいるのかしらん?というほどのありがたさで、どうもカラーがとっても良かったようです。
成績もよく、教職課程での国語科のリーダーにもなって、それに学校現場にも行ってボランティアもし、アルバイトもしっかり続けていました。
これほど充実した大学生活があるかしらん?
それも彼女は私と同じ国語の先生を目指していて、もうすぐ教育実習、そして採用試験。
私がした、とんでもなく感動的な経験を今からするんだな、と私も一緒にドキドキワクワクしています。
もちろん、同じ分野の勉強をされていたので、ちょっとアドバイスできたこともあります。そんなこんなも楽しい思い出です。
大学時代を思い出させてもらいました。
お母さまが嬉しそうに話されるので、私も喜んでいたら、Mちゃんが、横から、
「そんな、鼻高々に話さんでよ!」と言っています。
お母さまも、
「お母さんだって、人見てしゃべってるに決まってるよ。先生は喜んでくれるから。」と言ってくださいました。
「なんで鼻高々でしゃべったらダメなん?私が教え子の活躍聴いて、嬉しくないはずないやん。」
とあれこれ。
お母さまの、
「コツコツ努力してたらいいことがあるってことを子どもを通して学ばせてもらいました。」
というお言葉が、私にはとんでもなく嬉しく感じたのでした。
ちなみに私は仲の良いご夫婦の話も大好きです。(笑)
ときに卒業生の姿を見て、寂しくなるような再会がないわけではありません。
それでなくても過渡期にある若者の振る舞いにいちいち目くじらを立てていてはお付き合いなどできません。
自意識も最も強くなるだろうし、勝ち負けの意識だってあるでしょう。
でも、それは品よくあるものの方がいいと思います。
私は、人は周りと比較したがるものだからこそ、誰も責任は取ってくれない自分の人生の中で、やはり一番のライバルは自分でありたいと思います。
なぜなら絶対的に昨日の自分はすでにそうなった時点から超えるべき相手であり続けますし、そうあり続けてくれます。
相対的な他人だと、その相手が調子がいいときも悪いときもあって、それは自分の人生でないから、相手の立場と比較したってそうそう的を射たものにならないと思うのです。尺度として。
それが時系列的に自分というものをライバルにすると確実なライバルでいてくれます。
自分のことをライバル視するにはそうそう品悪くもならないと思います。
他人軸であるときに辛くなるのは、価値基準が他人だからです。
ひとときでも教え子になってくれた生徒さんがその後充実した人生を送っておられるのを耳にすると嬉しくなります。
でも、調子が悪いときにこそ、先生に話してみようかな、と思われて、私が聞かない、ということはないと思います。
ひととき、あれ?と思ったとしても、幾分かの反省などの後で、また話しに来てくれたら話くらいは聞くと思います。
最近、学問って何だろう?と思います。手っ取り早くちょっとでも偏差値の高い大学に、というのはよくわかります。
でも、一方、やはり人とのかかわりの中で、自分のことだけを考えるのではなく、周りとのバランスや自分が周りに対して自分がどういう人間か?ということを考えて行動できる人というのは大きいでしょう。
また、自分の経験から、その経験を活かして周りに人の役に立ちたい、というのも素晴らしい。
もちろん自分のために勉強はするのです。でも、そこにちょっとだけでも誰かのために、と思えたとしたら、それは相当大きな強みになります。
体力も気力も増強してくれるような。
一生懸命、自分を高めようとし続けているMちゃんの努力はなかなかに気品があります。
何があってもあきらめずコツコツコツコツ。
そしてその姿から、お母さまにも私にも、コツコツ努力していくことの大切さを実感させてくれているのですから。